今、この瞬間を懸命に-双極性障害と共に生きる-

うつ病ヒーロー、TBのブログ!日常記録系ブログ。とかいって、超自由系ブログ。

【双極性障害2型】のうつ病ヒーロー!

生きることは苦しい。

でも、【双極性障害】との共生をライフスタイルにして、

苦しみながらも誰かの心に、悩みに、そっと寄り添えるような

そんな等身大のヒーローに!

 

ファンモン解散から4年

うつ病ヒーロー、TBです!!

 

ブログに来てくれてサンキュキュ!

 

マックス大変身!TBです

 

 

 

 

ファンモンのラストライブから4年が経とうとしています・・・

 

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2013/6/1

2013/6/2

 

 

僕の人生に欠かせないアーティストであるFUNKY MONKEY BABYSのラストライブが東京ドームで行われた2日間です。

 

もちろん僕も2日間とも行きましたよ!

見届けないといけないと思ったので。

 

 

本当に全国各地からBABYS(ファンモンのファンの俗称)が集まってきていて、みんな同じような気持ちでドームにいたんじゃないかな?

 

というか全国各地・・・に留まらず、ベネズエラBABYSがいたりとか果てはブラジルBABYSまで・・・笑

 

 

東京ドームでモンちゃん(モン吉)がブラジルの人聞こえますかー!ってやったの可愛かったw

 

 

 

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ファンモンは本当に老若男女問わず、そして国境を越えて愛されていたグループだと思います。

 

 

 

 

 

早いもので4年。

 

 

 

 

 

 

 

僕の青春はファンモンと共にありました。

 

 

 

 

ありきたりだけど、

 

ファンモンを知るキッカケになったのはLovin'Lifeです。当時、14歳ですかね?でもその時は「あー、良い曲だなー」程度だったんですよ、実は。

 

 

まーあれだ。非モテな僕には眩しい歌でした・・・うーしみるー!

 

 

 

 

 

刺さったのは、その次のシングルちっぽけな勇気でした。

 

「この人たち、こんな詞も書くんだ」って。

 

 

まっすぐで、ひたむきに、

 

頑張れー!頑張れー!って言われている気がしたんです。

 

俺たちにはまだちっぽけだから何も持っていないけど、手繋いで肩組んで一緒に頑張ろう!

 

 

 

そう言われている気がしました。

 

それからファンモンにのめり込みました。

 

ファンモンについて色々調べたりし始めたりとか。過去のシングルを入手したり。

 

 

 

 

そうやってファンモンにのめり込んで調べている時に分かったんですけど、ファンモンって結構鳴かず飛ばずなときがあったんですよね。

 

 

 

でも一気にフォーカスされたのが4枚目のシングル、前述したLovin'Lifeです。

 

某音楽番組で初登場したときの世間の反応は「なんだ、あの後ろで踊っている変なやつは!!」ですよ。

 

 

 

 

 

ファンモンはやっと注目させるようになった。

 

その注目の中リリースしたのがちっぽけな勇気です。

 

 

ピュアなラブソングで注目されたファンモンが次に出したのは、泥臭い応援ソングでした。

 

見えない未来が怖くて

ホコリまみれの古いアルバムに逃げたくて

今やってることが本当にやりたいことなのか悩んで

時には後ろを振り返って

 

 

後ろ向きなワードも頻発しています。

 

 

 

 

でも、それでも、諦めない!諦めたくない!

 

 

 

って

 

 

そうだろ?

 

 

って

 

 

 

 

 

 

 

普通じゃないと思うんですよ。

守りたくなると思うんです。

 

苦労した下積みがあって、やっとピュアなラブソングで注目され始めたのに、泥臭い応援ソングをリリースする。

 

ファンモンがどんなタイミングでどんな場所で、ちっぽけな勇気を作ったのかは分かりませんが相当な覚悟があったんだと思います。

 

まだCDが売れる時代でもありましたから。厳しいことが多かったのではないかと思っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっと話が逸れましたが・・・

 

ファンモンの話をするとすぐあらぬ方向に行ってしまう笑

 

 

とにかく僕はファンモンにどっぷりハマりました。

 

とはいやまだ学生でしたので、たいしてライブにも参戦できずに・・・ひたすらテレビやラジオをチェックしてCD買って・・・って。

 

 

 

社会人になってからも新入社員の頃は研修が組まれていたりして思うように休暇もとれませんでしたから・・・。

 

僕がライブに行けるようになった頃にはファンモンは紅白に出るくらい国民的なグループになっていました。

 

だからライブ会場も大きくなっていて、

 

色んなアリーナに行ったかなー。

 

その後はドームか。

 

 

福岡のマリンメッセでは最前列で見たこともあったなー!いやまじで幸運。

 

絶対、加藤さん(ファンキー加藤)俺に手振ってくれたもん!笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶頂期での突然の解散発表。

 

ま、でもBABYSの中では分かっていたことでしたので。みんなケミちゃん(DJケミカル)のお家のことも分かっていて・・・薄々ね。

 

でも発表は突然だったので、やっぱりビックリしたし、ショックもありました。

 

 

 

 

 

 

でも何も変わらなかったけどね。

 

 

ファンモンは変わらず俺たちはここにいるよーって。

 

 

 

 

 

 

しかし、終わりはちゃんとやってきてラストライブの東京ドーム。

 

チケット当選しなくてドームの外で思いを共有したBABYSもいたよね。

 

 

思いを共有して、気持ちを託して、 

気持ちだけは中に連れて言ってね!って

外で見守ってくれる暖かいBABYS。

 

 

僕は初日の6/1は寂しくてずっと泣いていたけど、ラストライブの6/2は笑顔で締めることができました。

 

 

悲しいお別れの日じゃなくて旅立ちの卒業式、これからまた始まるんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

ケミちゃんが言っていました。

 

 

 

僕たちは解散してしまうけど音楽は残る。なくならない。

 

 

って。

 

耳をすませばファンモンにいつでも会いに行けるんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから僕の中にもファンモンは生きている。

 

あの3人が変わらずに頑張れー!頑張れー!って言ってくれている。

 

音楽はなくならない。

 

あの3人が背中を押してくれる、時には寄り添ってくれる。

 

昔から、

 

そして今も、

 

これからも。

 

 

ずっとずっと支えてくれる。

 

ファンモンは僕の中に生きている。

 

 

そう、だからファンモンもBABYSも全員でFUNKY MONKEY BABYS。

 

 

 

WE ARE FUNKY MONKEY BABYS!!

 

 

 

 

 

 

 

 

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