今、この瞬間を懸命に-双極性障害と共に生きる-

うつ病ヒーロー、TBのブログ!日常記録系ブログ。とかいって、超自由系ブログ。

【双極性障害2型】のうつ病ヒーロー!

生きることは苦しい。

でも、【双極性障害】との共生をライフスタイルにして、

苦しみながらも誰かの心に、悩みに、そっと寄り添えるような

そんな等身大のヒーローに!

 

僕について

うつ病ヒーロー、TBです!!

 

ブログに来てくれてサンキュキュ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は現在、うつ病を治療中で会社を休職し、実家で過ごしています。

 

うつ病はとてもツラいです。

 

 

症状としては、

不安感、孤独感、無気力、脱力感、睡眠障害、味覚の変化、吐き気、苛立ちとか

 

 

今まで当たり前だと思っていたことが出来なくなりました。

 

楽しんでいた趣味すら楽しめなくなりました。

 

沢山の人が心配の声を掛けてくれましたが、どんな言葉も責められているように感じてしまう。

 

自殺を図ったこともあります。

 

だけど、

 

死んだら沢山の人に手間を掛けさせてしまう

また人に迷惑を掛けてしまう

 

そう思って死ぬも出来ないのかと余計に情けなくなり、死ねませんでした。

 

 

実は今回の休職が3度目なんです。

 

いずれも原因はうつ病です。

 

といっても

 

私は3度目があるとは思ってなかったです。

 

2度目の復職に至るまでの日々、そして復職してからの日々の中で沢山の幸せに気づくことが出来たから。

 

それは恐らくうつ病にならなかったとしたら気づくことは出来なかったと思います。

 

そして何より、自分のうつ病は治らないかも知れないが上手く付き合っていこうという決心が出来たことが大きいと思います。

 

2度目の復職をしてからは、

うつ病と付き合いながらの苦しい日々でしたが、充実していました。

 

いつからか、うつ病になる前よりも今の方が楽しいという感覚がありました。

 

そして、うつ病が治ったと感じました。

 

今が楽しいと思えるのは、うつ病になった過去があるから。

 

そう思ったら、うつ病になったことに意味を感じました。

 

 

 

今、思えばうつ病が治ったと思ったことが問題だったのかも知れません。

 

 

うつ病が治ったと思ってからは

楽しく、充実した日々でした。

 

 

 

ですが、生活が一変する大きな出来事がありました。

 

その大きな出来事は「熊本地震」です。

 

 

地震以後は激動の日々。

 

何かを心から楽しむ余裕がなくなりました。

 

私はライフライン関係の職業に就いているので被災と同時に復旧作業に取り掛かりました。

 

作業は昼夜問わず行われました。

強大な自然の力に自分の無力さを痛感しました。

 

ですが、不思議とモチベーションは保てていました。むしろ高かったくらい。

 

職場全体のモチベーションも高かったこともありますが、何より貢献感がモチベーションを高めていました。

自分の役割の重要性、生活を守るという使命感、そしてお客さまからの感謝の言葉が私を動かしました。

 

 

 

だけど動き続けることは出来なくて。

 

圧倒的な疲労感。

 

復旧も進み、日に日に、休める時間も増えていきましたが心身ともにリフレッシュをするには至りませんでした。

 

職場を見渡してもそのような感じがあり、ストレスを隠しきれないように見えました。

 

だけど、誰もが必死に動きました。

 

私も、みんな頑張っているから、頑張らないといけないと思いました。

 

辛さを抱えながら、神経をすり減らしながら。

 

 

 

それは突然やってきました。

 

 

布団の中にいるようだけど、感触はない。

起きているようだけど明るくない。

泣いているようだが流れている感覚はない。

 

何も感じない、虚無感。

 

どれくらい時間が経ったのかは分かりませんが、次第に明るくなりました。

 

感覚が戻りました。

 

ちょうど休日だったのでその後は何もせずに過ごしました。

 

休日が終わると会社に行きました。

ストレスを感じながら毎日を流すように生活。

 

ある時限界が来ました。

 

そして、3度目の休職に入ります。

 

 

休職中なので時間はあります。

 

だけど、時間があることがツラいんです。

怖いんです。ただ、時間が流れることが。

 

 

生きていても楽しくない、だけど死ぬことも出来ない。

 

私は将来を諦めました。

 

今まで必死に守ってきた、プライドとか理性とかを手放しました。

 

それからはなんとなく毎日を過ごしました。

 

 

 

 

 

だけど思いもよらず少しずつ楽になってきました。

 

何と表現すれば良いのか分かりませんが、手放したことによって持っていたものの大切さに気づいたような感覚。

 

少しずつ意欲的に行動出来るようになりました。

 

 

うつ病になって、自分に生きる意味などないと思っていた。

 

だけど、2度目復職をしてから、うつ病が治ったと感じた時にうつ病になったことに意味を感じられるようになりました。

 

そのことから、意味を感じられないことにも意味を与えることができる。

 

なら、自分の生きている意味とは何だろうか。

 

そう考えるようになりました。

 

将来を諦めた自分に何が出来るのだろうか。

 

考えはなかなかまとまりませんでしたが1つの結論に至りました。

 

それは、「伝える、継なげていく」というものです。

 

これが、ブログを始めたきっかけにもなっています。

 

 

考え、感じ方は他の誰にもない自分だけのもの。

 

それを伝えることが出来たなら、それが継ながっていくのなら。

 

私と同じように苦しんでいる人、苦しんでいた人の心に寄り添うことができるのではないか。

 

自分自身は意味を感じられないかも知れない。

 

だけど、誰かが自分の存在に意味を感じてくれるなら。

 

それは自分自身の生に意味を与えることになるのでは。

 

そういう結論が出てから人生観が変わったような感じがありました。

 

 

 

 

視点を変えれば、そこにある意味は変わると思います。

 

 

 

例えば、

 

うつ病を快復させるためにランニングが効果的だったとします。

 

休職とは復職する為に存在する制度だったとしたら、

 

休職中とはある意味で

 

ランニングをすることで病気を快復させなさい

 

という会社から与えられた仕事なのかも知れません。

 

 

 

ですが、

 

朝、布団から出てみても何の気力も湧かない。

 

病気を快復させる為にランニングをしないといけないと分かっているけど途方もなく億劫に感じる。

 

 

そして、無気力でソファに寝転ぶ。

 

 

 

こういう状況だったとします。

 

 

 

うつ病になる人は、真面目な人が多いと聞きますが、

 

真面目な人はこういう状況では恐らく、物凄く自分を責めると思います。

 

肉体的に問題はないのに仕事をすることができないからです。

 

 

 

 

 

 

私もそうでした。

 

 

 

だけど、視点を変えることができたのです。

 

 

 

今までは仕事ができない自分を責めてきました。

 

 

今は違います。

 

 

ソファに寝転んでいても、

 

それは、ただ寝転んでいるのではなくて、

 

いつかランニングしたいと思った時に

 

一生懸命走る為に寝転んでいる

 

そう思えたのです。

 

 

 

 

 

このブログのタイトルの【今、この瞬間を懸命に】というのは

 

瞬間、瞬間を思うままに行動しようという決意であり、うつ病と付き合っていく中で生まれた私なりのうつ病との向き合い方です。

 

瞬間を懸命に生きれば後悔はないのではと思ったのです。

 

 

 

うつ病なのに、ブログ書くなんて不謹慎?

 

 

だけど私は書きます。

 

どうやって生活したのか記録することに、いつか意味を感じるかも知れないから。